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ベースと肉付け―ヤマタノオロチ伝承と「天顕祭」「クシナダの嫁入り」を例に― [漫画]

先日、バイト先に行く出勤途中に、同僚のバイトの娘さんに会いました。
ここ何か月か、私は出勤時間が早いため、他のバイトの人と出勤途中に顔を合わせることが少ないので、随分と珍しいなぁ、などと思いながら、声をかけたところ、通常、知った顔に出くわす時間帯ではないので、彼女の方は、かなり驚いたようでした。
…と、それなら、珍しいこともあるものだと、すぐ落ち着き、特に問題ないはずなのですが、どうも、様子がおかしいんですね。その後も、何か全然落ち着かない様子でして。

尋ねてみると、「化粧をしていないので、顔を見られるのが恥ずかしくて…」ということでした。
化粧をしなくても、もとの素地がいい娘さんですし、する化粧もそんなに濃い訳でもないので、「そのままでも十分素敵ですよ?」(←不思議と、顔に似合わず、さして照れずにこういうことは言えるんです、私)と、申し上げたのですが…。私が、ふと顔を向けるたびに(わざと、何度もやった訳ではないです)、娘さんが恥じらう様子が可愛くて、その娘さんには悪いなぁ、と思いつつ、そう目にする機会のない様子を見るに、朝から何かちょっと得をした心持ちになりました。

とまあ、私のお得感はさておきまして、素顔に変わりはないにも拘らず、化粧によって、ご本人の心持ちというのは随分と変わるものなんだなぁ、とも思った次第です。
…よく聞く話ですが、女性にとって、化粧いうのは、武装みたいなものなんでしょうかね。


ということで、今回の本題は、この辺りに少し関連があるような話、素顔と化粧…ではなしに、ベースの話とそのアレンジ、ということについて、ヤマタノオロチ伝説を例に、つらつらと書いていきたいと思います。
…いや、最近、立て続けに、ヤマタノオロチ伝説にちなんだ作品を読んだものですから、何となく、そういった話を書いてみたく思ったんです。

で、読んだ作品は何かと申しますと、こちらは前々回のエントリにも上げましたが、白井弓子「天顕祭」(サンクチュアリ出版)、それとアフタヌーン(’08 10月号付録の四季賞PORTABLEに収録)文月悠「クシナダの嫁入り」になります。

ヤマタノオロチ。有名な話ですが、ベースの話の骨子はこんな感じ。

ムラの外から来た(高天原を追放された)スサノオは、川辺で娘(=クシナダ)とその両親が嘆いているところに出くわす。夫婦には8人の娘がいたが、ヤマタノオロチに食べられてしまった。今度は、このクシナダが…。ということであった。
そこでスサノオは、ヤマタノオロチを退治したら、クシナダを嫁にする約束をして、これを退治する。
で、約束どおり、スサノオはそのクシナダさんを嫁にする、という話。
で、ヤマタノオロチを退治した際に、スサノオはアマノムラクモを手に入れる、というのもありますね。


で、これだけのシンプルな骨子からすると、話の膨らまし方、いろいろできますね。
まずは、キャラクターについて。

ヤマタノオロチは、蛇神・龍神であるとして、水や蛇に関連する設定を絡める、というものがあります。まあ、元の話からして、この設定はあると思います。例えば、よくあるのは、水害に度々襲われるので、クシナダが生贄として選ばれる、とか。
となると、スサノオは、怪物や人外のモノを斃すヒーローですね。

で、ヤマタノオロチの姿形についても選択肢があります。
ヤマタノオロチは、よくある8つの頭を持つ蛇の姿でいいのか、それとも、人の姿をしているのか。はたまた、変化可能のものなのか。また、人の姿をしているとして、蛇っぽい目つきであるとか、舌であるとか、蛇の要素を残しているのか、それとも、美しき簒奪者といった風情があるのか…。

一方で、ヤマタノオロチの相手スサノオについても、アレンジできますね。
外から来たスサノオの位置付けをどうするのか。ベースの話どおりに、怪物を退治するヒーローとして描くのか、それとも、政治的な背景を加えて、「外からの侵略者」や「ヤマトから来た征服者」として描くのか、という選択肢があります。
ちなみに、スサノオを侵略者として描く場合、一方で、ヤマタノオロチは、被侵略者ないしは被征服者の抵抗勢力の象徴となる場合もありますね。となりますと、ヤマタノオロチは、クシナダの属する部族とは別の部族のもので、クシナダが属する部族は、これに対抗するため、ヤマトの援助を受け入れ、ヤマタノオロチの部族を倒しにかかる、という話が出来上がります。この路線にしたのが、「クシナダの嫁入り」ですね。

余談になりますが、この辺り、樹なつみ「八雲立つ」で触れられているところを参考にするならば、抵抗する部族が人ではなくヤマタノオロチという人外のモノ(蛇・龍)とされるのも、「被征服者などは、人ではない」という、征服者側の意識の現われと捉えることができますし、この辺りも話を膨らませる要素になりえますね。

また、こちらもスサノオの捉え方とも関連しますが、スサノオの嫁となるクシナダはどうでしょうか。
スサノオに対していかなる感情を持っていると解釈するのか。命の恩人と解釈するのか、ヤマタノオロチに代わって、自分をさらう人間とも考えられます。どちらの面もありつつも、それを受け入れる立場というのもアリでしょう。

また、クシナダの、ヤマタノオロチに対する感情というものもあります。ベースは、捕食者と被捕食者の関係なので、ヤマタノオロチは畏怖の対象でしかないのですが、「いや、そうではないのではないか?」で、話をアレンジするというのはアリ、ではないかと。
例えば、上記の選択肢中、ヤマタノオロチは、蛇神の血を引くため、人間の姿にもなれる(で、ベースの姿は蛇)、見目麗しい青年とします。ただ、ヤマタノオロチは、クシナダの属する部族とは対立する部族に属するというのか、そこで祀られている守護神的な位置づけの者とします。

部族的には対立するクシナダとヤマタノオロチですが、「ロミオとジュリエット」のごとく、何かのハプニングで出会い、惹かれあう仲になったとします。…描いていて、自分でもベタ過ぎる展開で(このあたりで、自分にものがたりを描く才能がないことを痛感します)、ちょっと嫌になりますが、続けます。…で、クシナダとヤマタノオロチですが、部族的には、まあ、そう上手くもいきません。そこに、スサノオの登場です。
スサノオは、両者を引き裂く役割を担うことになりますね。で、仲を引き裂くというだけならまだしも、敵対勢力に属する訳ですから、物理的にも、ヤマタノオロチを引き裂くような事態になりえます(…書いていてもちょっとグロい描写なので、ちょっと嫌ですね)。
で、そのダメージを受けているうちに、人の姿を保てず、蛇の姿をクシナダの前にさらすことになって…、という話が作れますね。

蛇神・龍神の姿を事前にクシナダが知っていて、「美女と野獣」のテイストを含める(その場合、さらに呪いか何かで、人外の姿にされているという設定を加えたりもできます)、というのもできますね。ちなみに、「天顕祭」は、ここを少しアレンジして、ヤマタノオロチそのものだけではなく、その使者(?というのか、ヤマタノオロチを使役する者というのか)として、「オロチの君」という者を配しています。


次に、ものがたりの「時間」について。
あまり考えずに思いつくに、ヤマタノオロチの話の時間軸も変化させるのか、それとも、伝承の時代そのもので行くのか、という選択肢があります。
…ちょっと分かりにくいですね。補足します。

ヤマタノオロチの話それ自体は、ご存知の通り、日本の神話に由来する話です。
伝承の時代そのもので行くというのは、その時代の話を紐解いて、この話は、実際のところ、こういう話だったのだ、と描く方法になります。「クシナダの嫁入り」は、こちらに属しますね。
この描き方ですと、現在伝わっているものがたりというのは、えてして勝者側の記述となりますので、勝者側の都合のいいように変容した話になってしまい、退治される側が悪とされますが、現実はそうではなくて…、という展開になることが多いですね。

一方で、古にそういった話やエピソードがあることを前提として、現代への「転生」を絡める方法があります。転生を絡める場合は、作中において、過去との連環をいかにするのか、という問題がでてきます。
すなわち、実際の、神事を元にした祭事などを考えれば分かりますけれども、毎年であるとか、何年に一度、繰り返し行事が行われます。
この繰り返される連環を、いかにするのか。やはり抗えないものであるとするのか、そのものがたりで、その連環が絶たれるとするのか、はたまた、抗えない部分があったけれども、それでも、全く同じということはなく、少しずつでも変わっていくのだと、わずかな光明を見せつつ…、といった形にするのか、大まかに分けても、上記のようにいくつかの選択肢が考えられますね。

また、転生を受けた現代のキャラクターたちは、当然のことながら過去の者たちと別の人格ですので、全く同じということはありません。また、過去の重荷を負わされるということをどう受け止めているのか、というところも、いくつか選択肢があります。

まず、過去に縛られることに反発し自由を求める、という選択肢があります。
また、多少の違和感を持ちつつも、概ね同じ思考を持ち同調するという選択肢。キャラクターに、一見したところでは違いはあるものの、実はその根本は似ている、というのも、このパターンに属するでしょうか。そういった場合、だからこそ、この者に転生したのだ、という「転生が必然だった」、という話になったりするパターンも多い気がします(それで、転生したものと現実世界でないところで対話したりする、というのも結構常道ですね)。
または、反発はあるものの抗う手立てを持たず流されていく…(←この立場としてクシナダの転生した者を描き、それを打破する者としてスサノオの転生を受けた者が現れる、というものがたりもありえますね)、という選択肢。
無論、途中で心境の変化があって、上記の選択肢が複合することもありえます。

この点、「天顕祭」は見事ですね(それ以外も、複雑に絡んでいて、面白いのですが)。
ものがたりの舞台となる時代(戦争によって、地域汚染されている近未来が舞台となっています)においては、その近未来の時点、神話の時代そのもの、という当然絡んでくるであろう二つの時代だけでなく、天顕祭が変容するきっかけとなる時代や、ひと世代前の天顕祭の顛末などを絡ませて、かなり重層化しています。

ちなみに、私が樹なつみの「八雲立つ」について、惜しいと思うのは、ひとつにはこの辺りの描き方があります。
あれだけ現代と古代の話が並行していたのに、さしてリンクもせずに、そのまま作品が終了してしまったんですよね。
…いや、もっと絡めようよ。つまるところ、古代編って、念の発生を描くだけになっちゃってるみたいだけど、それだけじゃ勿体無くない?と、私は感じましたが、いかがでしょう。


話をアレンジに戻しまして、あとは…、アマノムラクモ(その後、何故かクサナギノツルギ)のエピソードをどうするか、というのも少しありますね。
スサノオがヤマタノオロチを退治した際に、その体内から剣を手に入れましたが、それってぇのは何なんだろう、何を示唆したものだろう?という話です。まあ、普通、蛇の中に剣はありませんから、当然、疑問が浮かぶところではあります。

この解釈の仕方については、「クシナダの嫁入り」の解釈は、なかなかに秀逸ですね。
古事記の解釈としては、ヤマタノオロチは川を意味し、で、その血というのは、その血の色=赤から、川辺が赤くなる→砂鉄が採取できるところ(鉄が酸化して、川辺が赤くなるみたいですね)、で、その辺りの土地をスサノオ(=ヤマトの手の者)が征服した際に、鉄の採取・精製技術の獲得(奪取)…という解釈があるようです。
確かに、そのように考えるのがかなり現実的、というのか、しっくりきますね。


で、一応のまとめ。
私のごとき素人が適当に思いつくだけでも、結構、話をアレンジする箇所というのはあるもので、これをいかに取捨選択し、ものがたりとして上手くまとめていくのか、ものがたりの主眼をどこに置くのか、誰の視点でものがたりを描くのか、どういったところで読み手の興味をひきつけるのか…。
ベースの話があったとしても、その選択肢は多岐に分かれていて、やはりつまるところ、作品の面白さは描き手の手腕がものをいうんだなぁ、と拙い文章を書きながら実感しました。

全てをオリジナルで、というこだわりを持つ方もいらっしゃるでしょう。けれども、ものがたりのベースは、故事や有名なものがたりに由来するものであっても、後述のように、確かに一定の縛りが存在することにはなるかもしれませんが、決してがんじがらめにする類の縛りではないように思いますが、いかがでしょう。


もっと一般的な話にシフトしてみましょう。
何か、元になる話があって、それをアレンジするような場合のメリット・デメリットを少々考えてみます。
まず、メリットとしては、読み手がある程度話の展開を予想できることから、多少無理があったり、説明不足であっても、もとの話によって、そのフォローが可能である、という点があるように思います。

また、そもそも、ベースとなる話があるので、それをアレンジするものの、一から創作するのではないことから、多少、話作りの負担が軽減する、というのもあるように思います。
それと関連して、ベースがあることから、ものがたりの展開に凝ることはなく、むしろ「いかにものがたりを見せるか」という、演出面に力点を置くことになり、そちらを意識的に取り組むことが可能になる、というメリットもあるように思います(ただ、まあ、この場合、人に見せるというより、描き手の習作というものになってしまうきらいはありますけれども)。

また、ベースになるものがたりというのは、一定の知名度があることが多いでしょうから、それなりに完成していると思われます。
してみると、キャラクターが、しっかり立っているということもままあります。というより、大概はキャラクターが明確ではなかろうかと思います。
そこで、キャラクター作りが苦手な方の場合、ベースのものがたりのキャラクターをもとに、明確なキャラクターをつくる一助になるのではなかろうか、などと思いますがいかがでしょうか。

一方、デメリットとしては、元の話がある、ということは、その前提があることから、一定の「縛り」ができる、という点にデメリットがあるように思います。
例えば、ベースの話のラストはAという結果を迎えるものであるとすると、アレンジした話も基本的にはA、ないしはAに類する結果にならないと、違和感がありますし、仮に大きく変えた場合には、何故、違うものにしたのか、という点に説得力を持たせなければならず、オリジナルには必要ない説明が必要となります。

また、元となる話があるということは、他の方も同様に、元の話をモチーフに作品を作るということが考えられ、この場合、作られた作品同士が比較にさらされる可能性があり、アレンジの巧拙やら、ヤマ場の見せ方であるとか、その他何かにつけ、かなり明確に優劣をつけられる、というデメリットがあります。
例えば、あちらではこうアレンジして、こちらではこう、などとアレンジしている点について、そのアレンジが説得的であるのか、比較対象をもって比較できる、ということになります。
上手い人が同様のモチーフで描いたとすると、その差は歴然、となってしまうかもしれず、余程実力や自信がないと、あまり嬉しいことではないかもしれません。
そもそも、元の話とも比較、というより、元の話の面白さを上手く承継しているのかという考察、をされることになりますので、あまり下手なこともできないということになるような気がします。これもまた、「元の話による縛り」といえば縛りなのかもしれません。


ということで今回は、なんだか収拾ついてませんけれども。
ベースとなる私の頭の中の論理的思考力やらボキャブラリーやらが絶対的に不足しているため、いくら、賢しらげに言葉を飾ろうとしても、やはり支離滅裂具合は隠せないのですよ、もしくは、何か書いてみたかったので書いてみたはいいけれども、誰のために、何に向けて書いたのか、いまひとつ自分でもよく分かりません…、という話。…あまり参考になる点はないとは思いますが、このちんたらした文章を、御覧になった方の何かの参考になれば幸いです。

おまけとして、あまりきちんと触れていなかったので、「天顕祭」について。
今回、主に書かせていただいたヤマタノオロチの伝承をベースにしたものがたり。
その伝承がもとにあるものの、時代の変遷と併せて近未来の戦禍によって人々が苦しみ、いろいろとすがる神仏を融合させてしまって、微妙に変容する「祭り」。そして、繰り返される祭りを中心にした時代の重層化。途中で、地中に封印されているヤマタノオロチが策を弄して、意図的に「天顕祭」を変容させている点。
その者の立場から最善を尽くしているのだが、立場の違いによって、どうしても相互に相容れず対立していく様。

言葉を羅列するだけで、自分でも、上手く本質を書き表せていないと思いますけれども、ともかく、ものの捉え方が深く、読み応えのある作品ではなかろうか、と思います。

惜しむらくは、ものがたりが多少複雑で重い印象を受ける作品、という内容面も関係しているのかもしれませんけれども、「若干読みにくい」という点でしょうか。とっつきづらい印象を受ける方もいるのではないでしょうか。
また別に、ビジュアル的な問題では、キャラクターの描き分けも多少あるでしょうし(また、以前も書きましたが、主人公の女の子、ボーイッシュではあるんですけども、もっと女の子然という感じに描いてあげれば良かったように思います)、画面の構成といえばいいのでしょうか、も、こなれていないというか、あまり上手くいっていない(1頁あたりのコマ数も多めです)、また、もとはカラーなんでしょうか、墨の濃淡で描かれている箇所が多い(←墨の濃淡で描かれると、コントラストが弱くなるので、私個人は読みにくいのですが、そうでもない、でしょうか)、というのもあるように思います。

ただ、多少そういった点もありますが、重層な構造をした骨太な印象を受ける作品で、賞を受賞するだけあって、確かに高く評価されるのも分かるものです。
マイナー(ですよね?)な出版社から出されている作品で、機を逃すとなかなか見つけられなくなってしまうかもしれませんが、御一読していただきたいものです。


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みけにゃん

お久しぶりでございます。
白井弓子さん「天顕祭」にちょと反応してしまいました。
と言うのは、9月26日に白井弓子さんにお会いしたからなのですが・・・(仕事で)
サイン本と、店用に色紙も書いていただきました。
あまり話はできなかったですが、とっても良い方でした。
by みけにゃん (2008-10-07 23:57) 

粋狂

>みけにゃんさん
 お久しぶりです!
 白井さんにお会いしたんですか。羨ましい。
 今のところ、「知る人ぞ知る」という状態ですけども、こうの史代さんのように、もっと知られるようになるといいのですが…。
 お店での宣伝を、宜しくお願い申し上げます。
by 粋狂 (2008-10-09 14:59) 

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